東洋大学社会学部教授 中里 至正(なかさと よしまさ)先生 心のブレーキを育つ〜幼児期の情緒教育の重要性〜

幼児期の情緒教育の重要性について、社会心理学的な観点より長年にわたって研究を実施されている東洋大学社会学部教授 中里至正先生に、原稿をお寄せいただきました。
写真:東洋大学社会学部教授 中里 至正 先生

中里至正(なかさとよしまさ)氏

東洋大学 社会学部社会心理学科教授。
社会心理学的な観点から、非行行動などを抑制する「心のブレーキ」に関する国際比較研究を長年にわたって実施。著書は、『日本の親の弱点』『日本の若者の弱点』(毎日新聞社)、『異質な日本の若者たち 世界の中高生の思いやり意識』(ブレーン出版)、『道徳的行動の心理学』(有斐閣)など多数。

『幼児期における情緒教育の重要性』

私たちの研究グループは、長年にわたって主として中・高校生の非行抑制力、つまり「心のブレーキ」についての国際比較研究を続けております。この理由は、昨今の子どもたちの非行を促進させるような世の中の風潮を、私たち大人がそれに歯止めをかけることができないとすれば、子どもたちの側にそれに抵抗できるような「心理的抗体性」を作るしかないと考えたからです。長年の研究を通して私たちが気づいたことは、「心のブレーキ」の原点には豊かな感受性、つまり「情緒」があり、その形成には父親と母親が大きな役割を果たしているということでした。以下、そのことについて少し詳しく述べることにします。

1.心のブレーキとは

子どもたちが小学校の高学年から中学生ぐらいに成長してきますと、エッチな漫画やビデオなどに接触したり、夜遅くまで友達と外で遊ぶ機会が増えてきます。そんな時、心のブレーキが強くなければ、どうしても子どもたちは悪い方向へと流されていきます。

心のブレーキには2つの側面があります。その1つは、何が良いことで、何が悪いことであるかという知識です。これを私たちは「認知的側面」と呼んでいます。

他の1つは「情緒的側面」と呼ばれている側面です。この側面は、いろいろな要因によって構成されています。例えば、「思いやり意識」や「自制心」、さらに「道徳意識」や「恥意識」、「価値観」などがその構成要因として考えられています。

これら2つの側面の中でも特に私たちが重視しているのは「情緒的側面」です。例えば、思いやり意識の低い子どもは、相手の心身の痛みへの感度が鈍いので非行の質が悪化します。また自制心が弱い子は非行を多発します。このように、事の善悪を子どもにいくら教え込んでも、それだけでは心のブレーキにはならないのです。

2.「情緒的側面」の重要性

心のブレーキの「情緒的側面」を構成している要因、例えば「思いやり意識」や「自制心」などは、すべてその原点に「情緒」が存在しています。ここでいう「情緒」とは、より明確にいえば「共感性」のことです。共感性とは、相手の「悲しみ」とか「喜び」の気持ちを、自分の気持ちのように感じとる感性です。これは頭で理解するというようなものではありません。

例えば、ある子どもが困っている子どもを助けたとします。この場合、本当に相手の気持ちになって助けてあげた場合と、誰かに褒められたくて助けてあげた場合とでは意味が違います。

心のブレーキとして有効に作用するのは、共感性を伴った思いやり意識です。もし子どもの側に、共感性を伴った本当の意味での思いやり意識があれば、この子は相手の心を傷つけるような「いじめ」などはしないでしょう。この意味で、学校などで多発している「いじめ」は、「情緒的側面」の心のブレーキの脆弱化が原因になっているものと考えられます。

3.心のブレーキの形成

心のブレーキは、子どもが生まれた後に誰かに教えられて形成されます。すでに述べたように、心のブレーキには「認知的側面」と、「情緒的側面」という2側面があります。

「認知的側面」の教育は比較的簡単です。子どもに、やって良いことと、やってはいけないことを教え込めばよいのです。この学習は、基本的に学校で習う算数とか国語と同じような学習です。教えなければ子どもたちは、事の善悪の基準を覚えません。この教育は、学校にも期待されますが、やはり第一当事者は親であると考えられます。しかし、私たちの調査によれば、日本の保護者の皆様が、この大切なことを本当に子どもに教えているのかどうか、疑問に思う結果が出て心配しているところです。

「認知的側面」と比べて、「情緒的側面」の教育は、その学習のプロセスが全く異なります。前者の教育は普通の賞罰を中心とした学習ですが、後者の場合は「観察学習」によって成立します。観察学習というのは、教えるというような学習ではなく、誰かを「モデル」として自分で学ぶ、という種類の学習です。この学習で重要な意味を持つことは、誰がモデルになるかということです。

一般的にいって、子どもがモデルとしているのは、一目置いている人、信頼できる人です。とすれば、それは親、もしくはそれに準じる人と考えるのが自然だと思われます。

しかし、我が国の中・高校生は、他国の中・高校生と比べて、自分の父親についても母親についても、あまり尊敬していないし、親のようになりたいとも思っていないという調査結果が出ています。このことは、親が子どもたちのモデルになっていないということを示しております。ここに我が国特有の困った問題がありますが、まだ望みはあります。というのは、このことに気づいて幼児期から心の教育、つまり情緒教育に力を入れればよいからです。

戦後60年、この辺で私たち大人は立ち止まって、「親の役割」について真剣に考える時期に来ているのではないでしょうか。